2017年08月16日

今までの事

今までジジババは2人で生活してた。
ドア隔てた隣に、私の長男一家が同居してたので、緊急時とか日常の行き来とかできて、遠く離れて暮らす私は安心してられたのでした。

先月末、ババが居眠りしていてイスから転げ落ち、腕を打撲&肋骨にヒビ・・・
その事で次の日電話してババと話したら、何か変。
ろれつが回ってない。本人は突然入歯がおかしくなったと言ってるけど、声のトーンも落ちてる。
これはまずいかもと、ジジにこれ以上おかしくなったらすぐに救急車呼んでと指示。
夕方、ジジが救急車呼んで緊急入院となりました。
脳梗塞。
救急病院では、脳梗塞は軽いが高血圧がむごいとの事で、厳しい塩分制限食になってしまった。
塩分の取りすぎと言われても、ババは食が細くなり量自体を食べてないので、私たちには???な説明でしたよ。
家族は何やってたのかみたいな事を一方的に言われて、お嫁ちゃんはカチンと来たそうです。
お嫁ちゃんの話をまったく聞いてもらえなかったんだって。
ここに置いておいたら、ババはもっと悪くなりそうという感想を持ったらしい。
幸いなことに、リハビリ専門病院への転院を勧められ、1週間後には無事転院。

リハビリ専門病院で改めて検査をしてわかった事。
栄養失調!
高血圧も驚いたけど、もっと驚いた。

1週間後、主治医の先生から説明を受ける事が出来ました。
ババの脳梗塞は軽く、マヒもほとんど問題にならない程度。
足の筋力も、正常な方とほぼ変わらない。
高血圧も薬でほぼ正常値になってるので、大丈夫。
塩分制限食??そんなものいらないよ^^
問題は今あるいろいろな症状なのだけど、それは全部認知症の典型的な症状です。
食事が進まない(2時間くらい食べてる)
テレビが消えてもぼやっと見てる
眠い、動きたくない、気力がない
尿失禁(現在トイレに行きたいと申し出るのは1日2〜3回)

これまたビックリしました。
そして納得。
歩きたくなかったのは認知症のせいだったんだ。
とかね。
いろいろ思い当たる。

一緒に暮らしている父が、ずっとぼやいてたなぁ・・・
動かない、食事が終わらないって。

それで、退院してからはうちに2人とも来てもらう事にしました。
もう父がなんとか面倒を見るのは無理でしょう。
長男のお嫁ちゃんも、1歳と4歳の子供がいるのでこれまた無理とおもう。

来月にはじゅんびも整うと思うので、そこで引越しと退院です。
posted by せりりん at 11:20| Comment(0) | 介護記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月08日

介護を終えて

「長い間ご苦労様」と、何人もの人に声をかけられた。
義兄姉たちも、がばっと頭をテーブルにつけて、「長い間ありがとう!言葉に尽くせないほど感謝してます。」と言ってくれた。
この姿を見て、じい様が亡くなってから初めて涙がボロボロ出た。


長い間って、どれくらいだったんだろう。
じい様の家計簿を見たら、2002年の10月から開始していたので、この辺からじい様の介護が始まったのだ。

実はじい様、過去に色々大変な時期があり、夫の兄姉の家と我家を順番に移動していたのだ。
それが、2002年の秋に動きが悪くなってきたじい様を「私が面倒見ます!」と啖呵きっちゃって、我家オンリーに。
もともと我家はじい様の家。
義兄に言わせれば「あたりまえだろ!」だったんですが^^;

介護を終えて思うのは、寝たきりが大変なのは介護の経験がない人でもわかるけれど、実はそこへ行き着くまでの動きが悪い時期が一番大変だって事。
「何とか動ける。しかし、排泄は本人だけだと汚れ放題になる。」この時期が大変。
目を放した隙に「あららら〜〜〜!!!」なんて事もしょっちゅうあり。
夜中に部屋の隅にオシッコ。
廊下に点々とオシッコ。本人もびしょぬれ。
オムツは取ってしまうのでスッポンポンのまま、布団にオシッコ。
敷き掛け布団も本人もぐっしょりなんて事もあった。
この時期から、大のほうの失禁も始まる。

この時期は、手伝いを頼みようもない。
いつ何時大変になるかなんて、わからないので、ヘルパーさんを頼む事が出来ない。
結局、ショートステイやデイサービスの施設利用だけが、自分を休ませる事ができるのだ。
私は、施設利用をバンバンやって乗り切ったが、義兄夫婦からは「放り出している」と怒られた。
義兄夫婦も壮絶な介護経験を持っているため、私が逃げ腰なのが気に入らなかったと思う。

常に、義兄夫婦の目を気にしていたなぁ。
これも辛かった。
じい様、義兄夫婦の前ではいつだって優等生だったから。
私が現状を訴えても、「そんなことはない。じい様はしっかりしている」と言われちゃって・・・

しかし、この苦しさがあったから、私は主イエスキリスト様を信じることが出来て心が救われたのだ。
主のご計画はすばらしい…


私には、75歳と80歳の実父母がいる。
後5年もしたら、再び介護生活が始まるだろう。
じい様の介護経験は、きっと役に立つだろう。
そう思うと、じい様にも「ありがとう」と言いたいな^^
posted by せりりん at 23:16| Comment(7) | TrackBack(0) | 介護記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月30日

昇天

7月29日14:25
じい様は、天に召されました。

突然病院から電話が入ったのが14時15分ごろ。
「呼吸数が低下してます、できるだけ早く来てください」
との連絡に、夫の兄姉へ震える手で電話。
日曜日。
兄、すぐに電話に出て、「すぐ行く!」
姉二人、教会へ出かけていてつかまらない。
家の留守電にメッセージを放り込み、それぞれの携帯に何度も電話を入れる…でも出てくれない。
夫も仕事中で、携帯にかけても反応なし。
何度もかける。メールを送る。

そんなこんなで時間をロスし、病院へ私が着いたのが14:45頃。
すでにじい様は、穏やかな顔で呼吸が止まっておりました。

3日前から、再び苦しい呼吸になっていたので、やっと楽になってよかったね…と、物言わぬじい様に向かって話しかけました。

涙を流す暇もなく、いろいろなことが怒涛のように押し寄せて。
明日、お通夜、 明後日、お葬儀 です。
頑張らねば。
posted by せりりん at 21:17| Comment(4) | TrackBack(0) | 介護記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月25日

小康状態

じい様は、今まで何度も入院し、もう駄目だと思う私の心配なんぞ吹き飛ばして元気に退院してきた。

今回はさすがにもう駄目かもと覚悟。
葬儀の事も、夫の兄姉たちと話し合いをしたり。

しかし・・・

本日、140もあった脈拍が、普段と同じくらいの70台で安定。
エラーが出て測れないほど低かった血圧が、測れるところまで高くなった。
お小水が出なくなったのだが、少ないながら出るようになった。
意識は相変わらずないのだけれど。

じい様の生命力ってすごい。
ビックリです。
posted by せりりん at 21:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 介護記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月23日

病院から呼び出し

じい様の容態悪化。
一両日中が山だそう。
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2007年07月21日

2度目の痙攣発作

必ずなると言われていた痙攣発作が19日に起こり、じい様は、まったく食べられない状態になってしまった。
それだけではない。
熱が37.6度、血中酸素濃度80%、血圧低く、肺雑音あり…

施設から呼び出され、あわてて行った私の目にぐったりとして酸素マスクをつけたじい様が飛び込んできた。
このじい様の表情には見覚えがある。
6月1日最初の痙攣発作を起こした時のじい様の表情そっくり。
呼びかけても、反応がない。
かろうじて、呼びかけに対して薄く目が開く程度。
声も出ないし、頭も目も動かすことをしない。

主治医の先生からお話を聞いた。
今の発熱は、痙攣によるものか、肺炎によるものか、今はわからない。
痙攣止めの薬を使うと、かろうじてバランスを取っているじい様の身体が、別の反応を起こす可能性がある。
なので、連続して痙攣が起こらない限り、痙攣止めは使わない。
症状に応じて、対応していく。
一段と低空飛行状態になったが、ここから元のレベルに戻るとは考えにくい。
ずっと低空飛行を続けると思われるけれど、いつ失速するかわからない。

との事だった。

看護士長さんは、「できるだけ早い時期に、兄姉様がたに連絡された方がいいですよ」と私に言った。
看護士長さんの経験からのカンであるので、はずれて、元気になるかもしれないけれど。

ともあれその言葉を聞いて、義兄姉へ連絡を入れて状況を説明した。
そして、今日までに、義兄姉、兄嫁、私の下の娘夫婦が、じい様に会いに来た。


強いじい様。
このまま低空飛行で行くのかな。
とにかく 苦しまないでいてほしい。
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2007年07月11日

点滴

先週の金曜夕方に施設から電話があり、「食べられない状態が続いているので主治医の判断で点滴することになりました」と。
この日、午前中にじい様に会いに行ったのだが、眠い眠い状態でほとんど会話が出来なかった。
電話があった時、あぁやっぱりと思ったのだけれど、目が覚めればまた食べられると思っていたので、点滴もそう長くはしないだろうと思った。

本日。
看護士長さんからのお話。
目は覚めたのだけれど 嚥下の機能があまりよくなくて、一日一食を食べさせるのが精一杯だとの事。
点滴は続けざるを得ないようだ。

じい様は、話は出来るのだけれど、ものの2分もするとウトウト寝てしまう。
ちょっとぐったりモード。
肌の色艶や体つきなどは、まだ元気だなぁと思えるので、それほど心配じゃないのだけれど。
胃ろう(胃に穴を開けチューブで栄養補給)を断っているので、できることは点滴のみ。
いますぐどうこうという事は無いだろうけれど、少しづつ命の階段を下りているのだろうな。

じい様が苦しみも無く、ストレスも無く、眠っているうちに天国へ召されてほしい。
ただただ それだけが私の望み。
posted by せりりん at 21:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 介護記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月26日

落ち着いた日々

じい様は、療養型介護施設で落ち着いた日々を送っている。
歌も歌うようになり、戦争以前くらいまでの歌を色々歌っている。
介護士さんたちは、じい様の歌を「楽しい」と感じてくださっているようで、ありがたい。
同室の方々は、お一人は静かにいつも寝ているし、もう一人の方も鼻歌を歌う方なので、文句も出ず良かった良かった^^

一応、家へ帰るための準備施設であるため、入所中のリハビリ目標があるのだけれど、私としては現状が維持できれば、何もいうことは無い。
明日くらいから、車椅子に座る訓練が始まるそうだ。
でも、私の目から見ると家にいた頃と同じくらい元気になっているので、車椅子もまったく問題が無いんじゃなかろうか。
「できれば自分で車椅子が動かせるようになる事を目標に…」とリハビリの先生がおっしゃったが、えーと。
じい様、今まで自分で動かしたことが一度も無いんですが^^;
やり方を教えても、それを覚えていられないんじゃないかしら。
腕の力があっても、やり方がわからなくて出来無そう。
posted by せりりん at 22:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 介護記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月14日

移動

じい様は、T病院の個室から、隣の建物の療養型介護施設へ本日移動。
昨年夏に、じい様は転倒し動けなくなった。
その時に半月ほどお世話になった施設である。

見覚えのある婦長さんが、こぼれんばかりの暖かい笑みを浮かべて迎えてくれた。
婦長さんと話をしているうちに、今じい様がどんな状態にあるのか、さらにハッキリわかってきた。
私が感じているよりも、もっとじい様の状態は悪いらしい。
痙攣発作を起こした老人は、その後必ずまた痙攣発作を起こすそうだ。
それもだんだん、発作と発作の間隔が狭くなる…
そして、元気に見えても痙攣発作の後は、どこかのレベルが落ちているとの事。

今、元気に見えるからといって、家に帰るのは無理!とハッキリ言われた^^;
そうなんだ。
義兄と兄嫁が、家で介護しろと言っても、もう無理なのね…
私がつれて帰りたいと思っても、無理なわけね。

ずっとずっと無理かどうかは不明だけど。
状況が劇的に改善するとも考えにくいものねぇ。


それでも心のどこかで、じい様が帰ってくるような気がして緊張感が抜けないのでした^^;
posted by せりりん at 17:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月11日

なんか元気なんですけど

じい様、だんだん元気になってきた。
嬉しいんだけど、散々あちこちに「もう自宅へ帰れそうも無い」とお知らせしまくっちゃったものだから、ちょっと困惑(笑)
レンタルしている介護用品も全部返却の連絡をしちゃったし、ショートを利用してきた施設にも、「長い間お世話になりました」ってご挨拶してきちゃったし。

でも、点滴の必要が無くなれば、帰ってこれるよね。
今はまだ、点滴しているけれど。
食事を8割くらいは食べられているらしい。

このままの元気になっていったら、帰ってきちゃいそう^^;
栄養が補助されると、こんなに元気になるんだ。
いつ会いに行っても、おメメぱっちりですから。
爆睡モードはいずこへ?(笑)
posted by せりりん at 20:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 介護記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月09日

この先の事

この先どうなるのだろうと、あれこれいろいろ思っていると、落ち着かない。
なので、主治医の先生にお話を伺うことにした。

現状 : 食事は食べられるようになった。
点滴(1日2本)で、食事の補助。
嚥下のリハビリの先生に指導を依頼中。

この先 : 療養型介護施設に14日から入所。
最長9ヶ月いられる。
出なければならなくなったら、その時点で考える。

じい様の夜中の歌については、主治医の先生が施設の方も責任者なので、何とかするから心配しないで、とおっしゃってくださった。
多分…睡眠薬?かな?


______________________

そうなんだ。
そうなんだ。
ついにじい様は、施設のお世話になるのだ。
家には帰ってこないのだ。

この先、施設や病院のお世話になれれば、ありがたいと思っていたのだけれど。
実際にそうなることがはっきりしたら…涙が出た。
posted by せりりん at 14:29| Comment(6) | TrackBack(0) | 介護記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月08日

じい様 ちょっと元気

点滴の効果かな?
今日のじい様は、歌声が力強い。
細かった腕が、ちょっとふっくらしてきた気がする。

気のせい?(笑)


歌声があまり大きいと、14日に移動する療養型介護施設で、困るかも。
4人部屋。
しかし、廊下が狭いから、うるさいからといって廊下にベッドごと出すわけにもいかないだろう。
それが原因になって、家に帰されるかも^^;

それしか道がないならそれで良いのだけれど、点滴付での自宅介護は、今までよりずっとわずらわしいかも。
デイサービスもショートステイも使えなくなるしね…

と、ついつい先のことを心配してしまう。
神様にお任せしようと思った事などケロッと忘れちゃって^^;

posted by せりりん at 20:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月05日

T病院へ転院

救急病院からかかりつけのT病院へ、転院終了。
このまま明日にでも帰れるようなつもりでいたのだけれど、じい様はだいぶ元気になったとはいえ、全体のレベルは低い。
タンが絡む回数が増えた。
でも、歌を歌いだしたので、安心もしている。

かかりつけのお医者様には、胃ろうにして在宅で最期を看取るのか、病院(または施設)で最後を迎えるのか、よく親族で話し合ってほしいと言われた。
今日、義姉二人がお見舞いに来たので、夫と4人で話し合って。
このまま、病院のお世話になる…でいいのではとの結論。
一番上の義兄がいないので、本当の結論じゃないかもしれないけれど、義兄も胃ろうには絶対反対であるので、ひどく反対はされないとは思う。

点滴がいらないほど回復できれば、うちにつれて帰ってきて、今までと同じ生活をさせてあげたいとの思いもある。
でも、どうなるかわからないので、その時に考えることにしよう。
posted by せりりん at 20:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 介護記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月04日

じい様 甦る!?

意識もはっきりしてきて、昼ごはんが食べられたそうな。
家に連れて帰ってきても大丈夫かもかも。

しかし、主治医の先生は、大事をとってもう2日…と。
ところが、今入院している病院は満床。
いつもお世話になっているT病院へ、転院の打診をしてもらったら、明日以後なら&2万円の個室なら、可能ですと。
なので、もう一日だけ今の病院で無理やり入院継続(患者さんが手術のため一時的に空いているベッドへ)
明日、朝10時までに転院してくださいとT病院に言われたので、朝7時45分に家を出なければならない。

早起きが苦手な私には、辛いんですけど^^;

それで、転院した次の日には退院勧告されそう。
明日、家につれて帰った方が、ひょっとして楽かもしれない。

posted by せりりん at 20:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 介護記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月02日

じい様 緊急入院

昨日の夕方、じい様のショートステイ先の施設から電話。
じい様が痙攣を起こして意識不明に。
救急救命センターへ運ばれた。
連絡を受けて、出来上がったばかりの夕飯を食べずに、夫と二人で駆けつけた。

夜の9時半頃に、やっと担当医から説明があった。
痙攣は全部で3回起きたのだけれど、検査の結果、それの原因を特定することは出来なかったそうだ。
脳の萎縮がかなり進んでいるので、それのためかもしれないそうだ。
痙攣止めの薬で、対応中。
高齢のため様子を見たいので、一応月曜の午前中まで入院してくださいと。

さて。
じい様は、今までたくさんの入院をしているが、そのつど甦って自宅へ戻ってきた。
今回も、そうなりそう。
と思っているのだけれど。
なにぶん、高齢(96歳)
どういう事態になってもおかしくない。


ともあれ、じい様が苦しまずにお終いの日を迎えることが、私の望みである。
それを目指すためには、この先どのような選択をしていかなければならないのだろうか。

点滴か、胃に穴を開けチューブを入れるか、の選択を余儀なくされるのだろうか。
自宅で何もしないと言う選択は、実はかなり勇気がいるのかもしれない。



posted by せりりん at 15:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 介護記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月22日

じい様の栄養状態

先週、病院へじい様を連れて行った。
栄養不良気味なので、お医者様に栄養補助食品を処方してもらうため。
血液検査をして、今日結果を聞きに行った。

蛋白もコレステロールも低い。栄養不良。
補助食品は出してもらえたのだけれど。
お医者さんに、今後どうするか?と聞かれた。
毎回言われるのだけれど、今度はこの先、どういう道があるのかはっきりと聞いてみた。

1)このまま在宅で、医療的行為は一切しない。
2)入院して、胃に穴を開けチューブをつけて、退院する。(在宅)
3)2)と同じだけれど入院を続ける。

お医者さんとしては、今の栄養不良状態であれば、状態が悪化する前に、胃にチューブをつける事を薦めるそうな。
「なにもしない在宅」を選べば、栄養不良から褥瘡が悪化するだろうし、他の感染症にもかかりやすくなるからね、と言われた。
それを覚悟の上で・・・と言うことであろう。

今日、じい様が施設から帰宅。
その時に、担当職員さんにいろいろ聞いてみた。
なんていっても、現場の人だから。

胃にチュ−ブをつけると、まず、施設がつかえなくなるそうだ。
ショートも、入所も。
すでに入所している人が胃にチューブをつけるようになった場合は、ちゃんと面倒見るそうだけれど。
そして、病院も、介護型の療養所がなくなるので、入院し続けることは不可能ですよと。
胃にチューブをつけると、ぶくぶく膨れてただ生きている状態になったり、胃から栄養補給物が逆流して窒息死する場合もあるそうだ。

ここまで聞いて、「私」は、覚悟を決めた。
何もせずに、今までと同じようにしよう。
褥瘡との戦いになるのだろうけれど。
posted by せりりん at 16:25| Comment(6) | TrackBack(0) | 介護記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月14日

車椅子のこと

じい様のお尻に出来てしまった褥瘡対策で、車椅子をリクライニング&チルト機能がついたものに変えた。
変えた時は、じい様は施設。
施設では、車椅子からのずり落ちがなくなったとの報告をいただいた。

しかし…施設から帰宅した時が大変だった。
段差のある門でつっかえ、玄関でつっかえ、スロープまでつっかえて、職員さんと運転手さんと私の3人がかりで部屋まで運び入れる羽目になってしまった。
操作性が悪いだろうとは思っていたけれど、これではまったく私一人では家から出すことが出来ない。

15日に病院へ連れて行く予定だったので、どうにかしないと…と業者さんに来てもらう。
車輪が大きいタイプ(自走タイプ)の方が、操作もやりやすいのだが、リクライニングする車椅子は、もう自分で動かすことが出来ない人向けなので、自走タイプが一つしかなかった。
それは、その業者さんでは扱っていない。
今と同じ車輪の小さいタイプで、あと2つのタイプがあるけれど、どうなんだろう?
で、実際に娘をじい様の代わりに乗せて、玄関のスロープを私一人で下ろしてみたら、まったく踏ん張ることが出来ずにずり落ちしてしまった。
持ち手の位置が高いため、背の低い私には力が入れづらいのだ。
ブレーキもものすごく硬いし。

その様子を観察していた業者さんも、これでは駄目と判断。
結局、じい様を移動するときは以前使っていたタイプを使用し、施設などで過ごす時はリクライニングタイプにすることにした。

まあそんなわけで、我が家に2台も車椅子があることになってしまった。
リクライニングタイプは、折りたためないし大きいし。
じい様の部屋の端に、ほとんど使用しなくなったポータブルトイレと一緒にデーンと置かれている^^;
posted by せりりん at 16:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月11日

じい様帰宅

25日間のショートステイを終えて、じい様が帰宅した。
入れ歯が上下とも合わなくなり、栄養の吸収が悪いせいか、ちょっと痩せたような。
職員さんいわく、「吸収されないのでお通じも量が多い」だそうな。

で、帰ってきてすぐに大のほうが^^;
久しぶりでも、手順はちゃんと覚えているものです。
施設では、普通の洋服を着せてもらっているので、つなぎの寝巻きに着替えさせたいのだけれど。
夕方のヘルパーさんに手伝ってもらって、ちゃんとお着替えしようと思っていた。

いろいろな用事があり、ケアマネに電話したら、ヘルパーの手配をしていないと言われてびっくり!
いや、よく忘れる人だっていう事は良くわかっているんですけど。
こういうのは困る!
私にしては、珍しく語気も荒くなってしまった。
もう長い付き合いだけど。
はぁ〜〜〜(溜息)

いつも来てくれているヘルパーのKさんは、まだ職場復帰していないのだそう。それも知らなかったし。
いつもは、Kさんが、気配りしてくれていたのね。
Kさん、早く元気になってね。
posted by せりりん at 16:03| Comment(3) | TrackBack(0) | 介護記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月03日

車椅子バージョンアップ

じい様、家にいる時は食事時だけ車椅子。
後はベッドで座ったり寝たり。
でも、ショートステイ先の施設では、車椅子に座っている時間が長い。

そして、尾てい骨の上辺りに、褥瘡が出来ている。
出来たのはずいぶん前だけれど。
最近ちょっと悪化。
直接の原因は、栄養不良。
入れ歯が上も下も使えなくなり、ミキサー食になったため、あごを使わなくなったから。
あごを使わないと、消化吸収力が落ちるそうだ。
その為に、栄養不良状態になる。

かわいそうだなぁと思って。
せめて、車椅子はお尻が痛くない姿勢の出来るものをと考え、リクライニング機能がついたものに変えることにした。

一昨日、業者さんが施設に持ってきてくれて交換。
じい様、爆睡モードだったが、何とか座って調整が出来た。
たぶん、じい様には快適になったはず。たぶん(笑)

操作する私は、ちょっとやりにくくなったけど。
1)小回りがきかない。じい様の部屋の中での向き交換は無理そう。
2)タイヤが小さくなったため、段差を持ち上げるのに力が要る。
今まででも、ふうふう言いながら門の段差を越え玄関から廊下への坂を押し上げていたので、出来るかどうかちょっと不安。



posted by せりりん at 13:29| Comment(2) | TrackBack(0) | 介護記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月26日

施設のじい様

どうしているかなぁ。
なんだか気になる。
明日は会いに行ってこよう。

と思っていた夕方、施設から電話が。
「どき!」
しかし、じい様の顔にある小さな瘤についての問い合わせだった。
ついでに様子を聞いたところ、ほとんど眠っているとのこと。
食事は全介助で、何とか目が開いた時に食べさせてくださっているとのこと。
四六時中、誰かが見ているわけではないので、気がついたら・・・・という状況も大いにありうるので、ご了承ください とのこと。


そうか・・・・
少しづつ少しづつ・・・
かなぁ。

明日、会いに行こう。
posted by せりりん at 22:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 介護記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする